伝統工芸に現代のエッセンスをプラス
日本で本格的にガラス食器の生産が始まったのは、明治に入ってからのこと。
景気の良かった大正時代は、食器だけでなく身の回りの生活用品など、
さまざまなガラス製品が生産されていました。
ガラス生産の歴史が浅いにもかかわらず、日本人は新しいもの好きであり、
手先の器用さと洗練された美意識を持っていたからこそ、
他国を圧倒するような技術が育まれたのでしょう。
大正から昭和にかけて、東京は全国でも有数のガラス食器の生産地となりますが、
海外からの安価なガラス製品や手軽なプラスチックが出回るようになるにつれ、
昔ながらのガラス製品は衰退。
いまや都内のガラス工場は、数えるほどになってしまいました。
明治32年(1899年)、東京市芝区田町(現在の港区)で
初代廣田金太さんがガラス食器販売を始めて以来、
廣田硝子は手作りのガラス食器のみを企画生産してきました。
あらゆる面で効率化が進む現代において、ガラス食器市場でも
昔に比べて手間ひまのかかるものが作りにくくなっています。
そんななかで廣田硝子は、新進気鋭のデザイナーとコラボレートするなどして、
伝統的な技術に現代のエッセンスを加えた商品を多数展開。
こうした姿勢は国内だけでなく海外からも高く評価され、
ヨーロッパのハイブランドからも受注が入るほど。
竹をモチーフにしたグラス「バンブーシリーズ」は、
ニューヨークのミュージアムショップでも販売されています。
昔ながらの技法やアナログなデザインは時代と逆行しているのかもしれませんが、
効率重視では生み出すことの難しい、人の感性に訴える部分があるに違いない。
そんな思いで長年培ってきた技術と経験を生かして、機械生産ではできない商品、
そして次の世代につなげられるような商品作りを行っているメーカーです。